1,おんころや先生

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                   今 昭宏 著

温古堂というのは、橋本敬三という医師であり鍼灸師である人の診療所の名前である。

皆この先生を翁先生とか、温古堂先生とか言うが、本人は“おんころや”と名付けて、名刺まで作り遊んでいる。

名刺など誰にあげるでもなく、引き出しの中にそっくりきれいにしまってある。

診療室には、中央にゴザをひいたベッドが一つ、そのそばに御自慢の火鉢。
真夏でも炭が入って、鉄ビンからから湯気がプープー吹き出ている。

患者さんよりもお客さんの方が多く、みんな火鉢を囲んでおんころや先生とアーでもないコーでもないと世間話に花が咲く。

本物の花も咲いている。

翁先 生曰く、

     「花見て怒るやつはイネェがらなぁ」。

まあ、それもそうだけど……。

火鉢の前には、これもまたいろんな物が揃っている。
まず長~いキセル。それから繭で出来ているニワトリ。
キセルは炭おこしの火吹きに使ったり、翁先生が背中をかくのに使う。

繭製ニワトリの隣には、ヒヨコのような落花生で出来たニワトリの子供がゾロリと並んでいる。
毎日誰かに食べられまいと、一生懸命生きている。

というのも、先日お客さんがニワトリの子供とはつい知らず、つまみ食いしてしまったのだ。

時には掃除機で吸い込まれたりして大変だ。
これは受け付け兼、掃除屋のミヨちゃんの仕業である。

その子供達は、明日は我が身かと不安の毎日が続く。

聴診器も一つだけあるが、片方の耳が壊れて使いようがない。
何十年も使っていないのか、いや、使ったことがないのかも。

毎朝、日の丸の国旗が待合室の外に掲げられる。
これが温古堂最大の目印看板だ。
ところが、この日の丸をそっくり盗んで行くヤツがいる。

今まで2~3回やられたが、こんな時翁先生は、

     「ホォ~ッ。これはメデタイ。

     きっといい事あるゾ。」

と喜ぶ。
こんな調子の先生である。

最近では、旗のスミっこに「温古堂診療所」とマジックで書いたためか、誰も持っていかない。

そして、この日の丸を見上げるように、下一面につゆ草がビッシリと咲いている。
翁先生は毎朝、このつゆ草の様子をうかがってから、温古堂に入って来る。

パターン、パターン
とスリッパの音と共に、ニコヤカにオハヨウゴザイマス、と鉄ビンの湯気を横目で見る。
湯気がドンドン出ていると上機嫌である。

ゆっくりといつもの席に腰掛け、特別自慢の芽茶をひとすすり、

     「あ~ぁ。今日も金華山見えねぇなぁ。

     あいつは怠けてばっかりだ」

とタメ息をつく。

翁先生は、毎朝10Fの住まいの玄関から、定禅寺通り沿いに見える金華山をナガメルのを一つの楽しみにしているが、メッタに見えないのだ。

次に、カンカラの中のタバコを一本。
何となくホッとするという。

たまにホッとし過ぎて灰を落とす。
地球には引力がある。
平あやまりに本気であやまり赤くなる。
亀の子のように首を縮めて

     「申し訳ネェなぁ……。」

専用のホウキとチリトリで、ミヨチャンが始末してくれる。

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翁先生はなかなかお洒落だ。
いつもピッシリきまっている。
髪は七三に分け、毎月一回床屋へ行く。
顔は剃らずに、いつも十分位で終わり帰って来る。
ヒゲもマユゲもきまっている。毎日手入れする。

いつだったか、どうしてヒゲを伸ばしたのか? と聞いたことがある。
そうしたら翁先生いわく

     「何となくカッコいいからサ。
ヘッッヘッェ。」

だそうだ。

温古堂では週刊誌を取っている。

翁先生はパラパラッとページをめくりゆくが、桃色の女性の出てくる所でスッと指が止まり、ヒタイの上に乗せてある、近くがよ~く見えるメガネがストーンと自動的に落下し、鼻にぶつかって止まる。

すばらしい連動装置になっている。

まあ若い人にも負けないシャレ気に色気を充分に持ち備えている。翁先生と六十才違うが、チトかないそうにない。

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翁先生は、医専当時に教えられた医学で実際治療してみたが、思ったように治らなかった。
患者はドンドンどっかへ逃げて行ってしまう。
どこへ逃げ込むのか見ていると、 様々な民間医療に逃げていく。
それで結構治っている。

困った。

それじゃあという訳で翁先生は、骨接ぎ師、鍼灸マッサージ師、といろんな人に頭を下げて教えを受けることにした。

この辺が、医師としてなかなか出来ないワザなのかも知れない。
カツドンなぞ食べさせたりして、頭を下げればその気になってドンドン教えてくれる。 

     「威張った人には
だーれも教えてくれないョ!」

と、八十九才のおんころや先生は、目尻を下げて教えてくれる。

医師歴六十五年である。

医専の時から連れ添った最愛なる奥さんに先立たれ、もはや九年。
毎月の命日には、お墓参りに行く。

ポンポンと奥さんをなだめるように、亀のコオラのような墓石を大きな手の平で、撫でるようにたたく。
ご長男の外科医、信先生と一緒にセンコウを間に手を合わす。

花が大好きな翁先生は、お墓の周りを花壇にしようと、懸命に土を運んでは種を蒔くのだが、どうしてか一つも花が咲かない。

なんの事はない、雑草を嫌うお墓の管理人が、セッセ、セッセと除草剤を撒いてくれるのである。
そのクスリ代は何を隠そう、お墓の管理代金として、毎月支払う翁先生一家の支出である。

翁先生は、奥さんのことを「クソババァ」と呼ぶ。

     「うちのバァさんは、
俺のやってる事なんか

     へのカッパみたいにしか
思ってなかった。

     でも俺は、

     医者として本当の仕事をやって来た。」

と言い切る。

奥さんに自分の仕事を理解してもらえなかったさみしさを心に秘めて…

2,俺怒ってるんでネェんだ

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翁先生は赤ン坊がだーい好きだ。

温古堂には、赤ちゃんをオンブした御婦人など治療に来る。
すると治療などには目もくれず、

    メンコ、 メンコ

と愛想をふりまき、赤チャンの気を引こうと懸命だ。

お母さんが治療中赤チャンは、翁先生の座っている火鉢のまわりに、色んな物があるのでおもしろくて仕方ないらしく、ここぞとばかり遊びまくる。
翁先生も一緒になってハヤシたてるものだから、赤チャンもその気になってメチャクチャに荒らしまくる。

当人同士はいいだろうが、お母さんは治療台の上で気が気ではない。
「 何んか壊したりしたらどうしよう」とか治療になんかなりゃしない。

そうこうするうちに、何とか指導も終わり、帰り際に別れのアクシュ。
二人共おもいきりニコニコしながら

    またおいでよォー!」

で一件落着。   

……オダイジニ。

初めての患者(腰痛)

初めて操体の治療を受ける人は、温古堂に入るなりボォーッとしていて、「何をされるのかなぁ」とか「痛いことされるんじゃないかなぁ」とか苦痛と不安の中でベットに横たわる。
翁先生がヌッと立ち上がり、

    「ハイ膝立てて下さい」

と最初はやさしく言う。

    「絶対痛いコトしないから」

と言いながら膝の両裏を手でさぐる。(左側圧痛)

「イデデデェー 」

と体を弓なりに反らして、患者さんは苦痛をこらえきれず逃げる。
(この先生ウソついた)

     「こんなにイデグなってんだもの、

     足が悪いんだ、足がこの左足」。

ビックリして患者は目を白黒させる。

     「このカカト少し引いて……」。

手で足のマネしながら、

     「こういう風にカカト踏んで、

     足先上げてごらんなさい」。

「カカト踏んで」と言ってるいのに、中にはカカトを持ち上げ人もいる。
すると「バシッ!」と右手で患者のモモをなでる?

     「人の言わねゴド、スンナ」。

怒鳴り声がトナリの外科までヒビキワタル。

患者は何がなんだか分からなくなり、さらにボー然となる。
泣き出す人も中にはいる。
たいていの人は、ボー然としまがらも、何とかうまく動けるようになってくる。

     「ハイ、つま先上げてェー。

     キモチヨク全身で動いていいですよォ」

     ……

     「ハイ、ストン。…ようし、うまい!」。

そしてまた膝のウラをさぐる。

     「ほら、いでぐネェ」。

……「アレッ、痛くない」。

    「立って歩ってみなさい」。

患者は聞き取れないのか、歩こうとしない。すると、

     「立って歩ってみろって!」

と又怒鳴られる。「ハイッ」と元気に立ち歩く。

     「どうですか。まだ痛いかな?」。

     「今度はしゃがんだり、
     立ったりしてみなさい」。

またまたボオーッとしていて、しゃがもうとしない。
すると又怒鳴られる。
三回怒鳴られる人はあまりいないが、一回二回はザラだ。

それで結構良くなってくる。

その後私が、試行錯誤しながら治療、指導と承る。
私の仕事は、キモチイイという感覚を指導することにある。
これは翁先生の命令ダ。

最近では、けっこうワイワイ楽しくやれるようになってきたが、まあまあ、ムズカシイコト。

一度受付のミヨチャンが翁先生に「どうして、あんなに怒るの?」と、尋ねた事があった。すると先生いわく

     「俺怒ってるんでネェんだ。

     ついオッキイ声
     出てしまうだけなんだから」

と、怒鳴る時とは全く違ったトボケた表情でいいわけする。

うんとやさしい瞳で……。

午後一時になると、翁先生は極楽へひとやすみに行く。(極楽とは住まいの十階の自宅である) 帰り際には、私達やお客さんにまるで天皇陛下が手をお振りになるように、

     「ど~も、ど~も」

と帰ってゆく。
いつになっても頭のひくい先生だ。

昼食は、信先生の奥さんが毎日腕によりをかけて、おいしいご馳走を作って下さる。私達も一緒にいただく。
焼き魚は焼きたてがうまいし、煮魚は煮こぼれが出来るくらいになってからがうまい」と翁先生は、 昔トノ様だったオジイサンから教わったそうだ。
翁先生は焼き魚を食べる時、まず、カワを食べる。次にホネだ。
バリバリと噛み砕き食べる。中身はキレイに残し私にくれるのだ。

食べ終えると翁先生は、ウトウトし始め、
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「起きていらんネェ~」

と言って、自室のベットに横たわる。

    「あ~極楽だあ」

と言いながら眠りにつく。

……おやすみなさい。

午後三時。
エレベーターで温古堂に御出勤。
パタ~ン、パタ~ンといつもの耳慣れた足音が近づいて来て、例の天皇陛下手振りで、

     「ド~モ、ド~モ」

と火鉢の前の指定席にアグラをかく。

     「何かそこにウメエものネェが」

と火鉢のそばの菓子入れをのぞく。

翁先生はアンコものが大好きだ。しかし白アンはなぜか食べない。
量的にはあまり食べないが、いろんなものを少しずつ、いたずらするようにつっつく。残りものはすべて私にまわってくるのだ。

     「うまい味だけは、
     いっくら年とったって
     わかるんだから、
     ありがたいもんダ」

と感謝感激を忘れない。

そして又、お客さんや患者さんとのお話が始まる。

3,操体法

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「キモチイイ事すれば、

    よくなる様に出来てるんだから……」

と何年、いや何十年叫び続けている事だろうか。

今でも「ボケたボケた」と少し物忘れすることを楽しんではいるが、「キモチワルイ事やれ!」 とは決して言わない。

色んなお客さんが次々と訪れるが、理屈ギライの翁先生はウムを言わさず

    「 そこに寝てみなさい」

とベットを指さす。

    「やってみなくちゃわがんネェんだから」

と自分のペースに引きずり込む。

膝ウラの圧痛を押さえられて飛び上がる。
ニッタリしながら

    「ホーラこんなにイデグなってんだ」。

そして

    「ハイ、スウーッとつま先上げてぇ~」。

    「ハイ、ストン」。

    「……ホレッ、いでぐネェ」。

    「立って歩いてみなさいよ」。

    「……どうですか?」。

「アレッ、アレレッ、軽くなりました」。

    「ホラネ、そうなってんだ」

……着席。

    「まあ、ウソかホントか
やってみることだナ。

    キモチヨク動けば

    治るようになってんだがら」。

    「俺考えたでネェヨ。

    自然にそういう風に出来てるんだ。

    まあ、

    野次馬根性があればの事だかネ」

とこんな調子で会話が進む。
みんな何が何だかわからない。

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それからいろんな操法をやるうちに、苦痛が現れる動きから反対にキモチイイ方に動いて、ポンと力を抜くと、苦痛だった方がだんだん楽になってくるんだ、という事を体で知る。
圧して痛い所がある時は、その痛みがなくなるように、逃げるキモチイイ動きをして、ポンと脱力すると圧した痛みがだんだんなくなってくる事を、これまた体で知るようになってくる。

翁先生はお医者さんだから、『きもちいい事すればいいんだ』というこの事実を、同志に伝える事にずーっと頑張って来た。
色々な雑誌にも書いたし、 テレビ、ラジオにも出演し、「ホントウはこうなんですョ!」と訴え続けている。

操体と名付けられたこの生き方の法則は、だんだん世間に広まってきている。
小学校の朝礼で、また役所の保健婦さんが勉強し一般の家庭へ 、全国の医師、治療師その他温古堂先生のファンの方など、たくさんの方々が、少しずつ少しづつ輪を広め続けていて下さる。

こんな様子を翁先生はちゃーんと知っていて、色々とアドバイスしてくれる。

    「みんなで仲良くドンドンあばれろ」。

    「だけど威張ったら最後、バチ当たる」。

    「まあ、あとは若い人たちで

    思ったことやってみでくれや」。

    「天然自然の法則だけは、

    何したって変わらネェんだがら」

と言いっ放し、無責任体勢のサービスが続く。

翁先生の勉強された生き方を、医学の中に含めて応用したこの『操体』。
「体を操る」という所から発想された、ボディ=パイロット、体の運転法だ。

環境の中で息をつき、物を飲み食いし、動き、考える。
要約すると、これが動物として最低必須なんだそうだ。
息、食、動、想、環境は、いつも切り離れず、お互いに助け合って、補い合っている。
これを翁先生は『同時相関相補連動性』という言葉で表現している。

つまり、この五つの中で一つでも不快になると、連なって不快にもなり、一つが快(キモチヨク)になると連なってキモチヨクなってくる。
それがいつも瞬時変化しているというのである。
考えてみるとホントにそうですよね。

それに、100点満点が目標じゃなく、60点でいいという。
「間に合えばいい」精神で、何とも欲がなくて、のんびりしていて最高だ。

    「欲張るとケガをするゾ!

     間に合えばいいんだ」

と教えてくれる。

息、食、動、想の、自分でしなければいけない事四つと、環境を60点以上に気持ちよくしておけばいいという事らしいが、 少々無理して気持ち悪い事もしないと生活出来ないような世の中になり過ぎてしまっている。

あたかも気持ちいいことをするという事が悪い事みたいにしつけられている。
気持ちいいということは感覚の世界になる。
それ故翁先生は

    「考えたってわかんネェ。

    ウソかホントか

    やってみなくちゃわかンねえよ。

    まあ、動くのが一番手っ取り早いな」

とつぶやき、ゴザを敷いたベットで、操体の入り口から指導してくれる。

    「 『生命現象はバランス現象だ』

    という事がみんな分んねェんだな」。

100%バランスが取れている人も、60%バランスの人(合格・間に合う)も、40%バランスの人(具合が悪い・病気だ)も、み~んなそれなりに生きている。
気持ちの悪い事をするとパーセンテージが下がってくる。
すると体は歪みを作り、コリやつっぱり感や苦痛という症状になって感じるサインとなる。

そしてもっと気持ちの悪いのを続けると、動きがギシギシしたり、動けなくなったり、内臓などの働きが悪くなったりしてくる。
それでもまだまだ我慢して気持ち悪い事をすると、骨や関節、そして内臓まで腐ったり、破れたりしてきて病気などという羽目に陥るワケだ。

呼吸の感覚、飲食の感覚、精神の感覚、環境の感覚、これらの原始感覚に対して気持ち悪い事をすると、

1・A=歪み(こり、しこり)

2・B=感覚異常(苦痛、つっぱり感 etc)+(A)'

3・C=機能異常(肩が動かない、下痢 etc)

  1. (A)"+(B)'

    4・D=器質破壊(胃潰瘍 etc)+(A)'"+(B) "
  2. (C)'

1~4へ進んでいくが、こり感やつっぱり感を感覚出来ないでいる人も中にはいるようである。
また一度に4に行く場合も有り得る。
交通事故などでの外傷、けが、etc。

気持ちのいい事をすると、

1・歪みがなくなる

2・苦痛がなくなる

3・働きがよくなる

4・器質変化がよくなる(治らないものもある)

このように良くも悪くもなって、これが病気になったり、治ったりするプロセスだ、と翁先生は言う。

つきつめると、キモチイイ事をすることが生命現象としてのバランス制御法ということになる。

4,サカサマ 不思議

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温古堂には、オナカの中にいる赤ちゃんから老人まで、患者さんは様々だ。
逆子の治療などもけっこう多い。

ある日、腰痛で逆子だと病院で言われた、三十過ぎの御婦人が治してもらいに来た。
膝ウラの左側にしこりがあって、圧診すると飛び上がるほど痛がり、顔をしかめる。
オシリの所にも圧痛があり、圧するとビクッビクッと逃げる。

両膝を立てて、左右にゆっくり倒すように動いてもらうと、右側に両膝を倒してゆくと左側のオシリから腰のあたりがつっぱって苦しいという。

そこで両膝苦しい方から反対の左側にユックリ自由にキモチヨク動くようお願いし、一番キモチイイ所で動きを止め、私は支えている。

数秒そのままにしておいて、腰から全身の力をカクンと抜いてもらった。

二回やったか、三回やったか覚えていないが、そのあと右側に倒してもつっぱり感がなくなったといい、キョトンとした顔で私を見る。

また膝ウラを圧してみたが両方グニャグニャになっていて、こりも圧痛もどこかへ消えてなくなってしまった。
未だにどこへ行ったか知らない。

「立って歩いてみて下さい」と言うと、ヌッと起き上がり、「あれ!?」とニコニコしている。
「だいぶ楽になったみたい!」とうれしそう。
自分でも家でやってみて下さいネ……。

数日後温古堂に電話が入った。
「○市の○○ですけど……。腰痛いのが治ったら、逆子も治って……。
ありがとうございました。
どうしてもお礼が言いたくて………。」
とってもうれしそうだった。

それで私はいつものように
「それは自分の力で治ったんですヨ。
こちらで治したんじゃないんだから。
毎日続けてやって下さいネ!」と胸をはって言ってやった。
相手に見えないことを知りながら……。

お母さんの体がアンバランスになって腰が痛くなったりする。
お腹の中の子供は多分気持ち悪くなって、キイモチイイ格好になるように、いろいろ動いているんだ。
知識がない胎児は、キモチヨサの中で生きていたいから、本能的にサカサマになって、バランスを取りながら生きているんだ。

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母体のバランスが六十点以上になってキモチヨクなると、今度は元の位置がキモチヨクなるから、またサカサマになるんだ。
何がサカサマなのか分らなくなってきたが、バランスが取
れていれば胎児はサカサマになっているのがキモチイイのだ。

不思議

温古堂に来れば一回で良くなる、という人も中にはいるが、みんながみんなそうとはいかない。

五十肩とかいう病名を付けられて、信じ切って何ケ月も、いや 何十年も腕が上がらないといった人だ。
一日も早く治りたいと訴える。
だから一生懸命頑張って、毎日痛い肩をがまんして動かすよう に努めているという農家のアルジだ。
毎日欠かさず続けたという努力には敬意を表するが、無茶というものだ。

痛くともガマンしてガンバッテ動かしても、治る場合も時にはあるのだ。
これには実は訳があって、痛いのに無理をして動かしたから治ったのではなくて、肩の痛みに耐えかねて無意識に体を捻ったり、曲げたりして逃げ動いているからだ。
無意識に逃げたからだのおかげで、痛いのをガマンしたおかげではない。

五十肩とか言われて来ると、みんなそうだが肩だけ治してもらいた くて、「ここが痛くてェ」と肩を出す。
翁先生はこんな時いつもこう言う。

     「肩だけ治すんだったら、

    肩こごさ切っておいでげ!

    明日まで治しておぐがら………」

ともう決まり文句になっている。
操体の考え方では、いつも体全体を一つと考え、常に全体のバランスを取ることが目標になる。

この農家のアルジのオジサンは、ゴザのベットのマナイタのコイのようにアオムケになった。
翁先生はジーッとコイを視た。
そして私に「首ミテミロ!」という。
首のうしろ側を触って圧痛を調べてみろという意味であって、見ろ! ではない。
触(ミ)ろ!だ。

触れてみると、右側の首のうしろにゴロッとしこりがあった。
左側にはない。
首の中心に向かってグッと押すと、右目を思いっきりかむようにつむり、手も腰もビクビクッと動いた。
「こんなにイデグなってんだもの」と言ったら、オドロイタ。

まあだコイみたいにしているから、こう言ってやった。
「イネカリもう終わったんですか?」と。
春だったらタウエでせまる。
雑談しているうちにだんだんナマズのようになってくる。

ひとこと翁先生が声をかけた。

    「片っぽの足、

    曲げないでまっすぐに上げてみなさい」。

ナマズは右足を上げた。

    「ハイ、おろしてェ」。

ここで翁先生無言の内に、ナマズは気を利かしてすぐに反対の足をスッと上げる。
すると先生は元気よく

    「ダレアゲロッテイッタァ!!

    人の言わねごど スンナ!」。

み~んなビックリする。

私もまた、コイになりはしないかと患者を気づかい、イネカリじみた会話の中にホホエミを作るが、ひきつったナマズの笑顔にまた、不安を抱くのだ。

突然、翁先生が

    「へっへっへぇっ」

とテレ笑いしながら、

    「俺、オゴッテンデネェンダ。

    つい大きい声だしてしまうだけだから」

とイイワケす る。

そんなこんなで「どっちの足が上げやすい?」と聞く。
すると、ホントかどうかしらないけど「右が上げやすいです」と言う。

……私には左が上げやすいように見えた。

まあいいや、と思いながら、左のカカトを支えオヤジサンに「この左のカカトを、ゴザの方にユックリ下げて」……
「どうですか? どっかつっぱったり、痛くなったりしない?」 と問い質した。

すると軽く下げている割には、腰から肩までいやなカンジだという。
動きを見ていても何となくギコチない。

「じゃあこっちの足を上げてみて。こっちはどう?」と聞くと
「こっちは大丈夫だ」という。
「それじゃあそのまま体全身自由に動いて、キモチイイようにスゥーッとうごいてェ」……
「イイナと思った所で、ハイストン」。

脱力がウーンとヘタクソだ!
でも「結構上手だね、どっかでこんなのやったことあるの?」と言うのだ。

「じゃあもう一度下げてみて下さい、ユックリですョ。腰も背中も肩も自由にキモチヨク動いてェ……
腰の力を抜くつもりでェ、ハイカクン」。

オドロキ、ウソみたいに上手に脱力した。
翁先生も見ていて思わず「うまい!」とほめてくれた。

私はナマズの頭の方へ行き、もう一度首のうしろの圧痛を探ってみた。
半分くらいになっていた。

今度は膝を左右に倒してもらった。
すると、両膝を右側へ倒すと、肩の辺が苦しくなるという。
だから「左側にユックリ倒してみて下さい」。

私は両手で軽く膝を支えた。
「痛みやつっぱりがない所まで、自由にキモチヨク動いてみてェ」。
動きが止まった所で「どうですか? 肩の辺も楽ですか?」と聞いてみた。
するとオジサンは安心した表情で「ハイッ」と答えた。
「腰の力を抜くつもりで、ハイッ、カックン」。

ウマイモンダ。

「どうですか? どこも苦しくなかった?」。
「ハイッ、肩の方までスゥーッとしてきました」。

一回か二回か忘れたが、動いてみたいだけやってみた。
すると今度は右側に倒しても、肩の辺の苦しさがなくなった。

「立って歩いてみて下さい」と言うと、歩きながら「足の方がとっても 軽くなりました。肩はまだ少し変ですが、だいぶ良くなりました」と上下に動かしている。

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「最初10くらい悪かったとしたら、今はどのくらい悪いですか?」。
「5か6って所かなぁ」。

今度はうつ伏せになってもらい、片方ずつ膝をゆっくり曲げてみる。
右足のカカトがオシリまで付かない。
十センチくらい離れている。
左足も堅いが、こっちは五センチ程度だ。

「右と左を曲げてみて、どっちの足がつらいですか?」。
「右足を曲げられると、モモがつっぱって腰も苦しいです」。
「それでは、右足のカカトを伸ばすような感じで、ユックリ伸ばしてみて下さい」。
………足が伸びてくる。
顔を見るとかなりキバッテ、ギューッと伸ばしている。
そこでどんな感じかと問い質してみると、腰がつっぱって苦しいという。

「そんなに頑張らなくていいんですョ。苦しくないように、もっとフゥーッとユックリ伸ばしてみてェ」。
又伸びてくる。
今度はからだの動きにも、表情にも無理がないようだ。

「どう? 苦しくない?」
……ハイ、こんなに軽くでいいんですか?何ともないです!」。

そのままキモチヨク動いてもらい、数秒後「膝を下に落とすようにして、 ハイ、ボタン」。
これは結構みんな上手に脱力出来るようだ。

「どうでした? キモチヨカッタ?」。
「ハイ、スーッとしました」。

そしてまた、右足を曲げてみると、ウソみたいにペッタンペッタンとカカ トがオシリにくっつく。
左足までカカトがオシリに付くようになっていた。
これには見ている人も本人も、もちろん私までいつもビックリさせられる。
うーんと人間の体は不思議だ。

今度はまた、立って歩いてもらうと、肩の痛みが2か3くらいに良くなっ てきたという。
足の方はウーンと軽くなったし……。
でももう少し腕が上がらないと訴える。

欲張るとケガをすると思いつつ、 腰掛けてもらいうしろから肩甲骨の中央を探ってみた。
右側にゴロッとしこりがあった。
圧すと、イデデデェ! と顔をしかめ逃げる。
この逃げる動きがポイントになる。
肩を耳の方にピクッと動かした。

私は右手の中指で、肩甲骨中央の圧痛点を押したまま「ハイ、この痛みが 消えるように、右肩を右耳の方に引き上げてみて下さい」。
肩が上がってきて、「こうして上げていると、この痛み(肩甲骨中央の圧痛)なくなるでしょう?」。
「ハイ、痛くないです」。
「どこもつらくない?」。
「ハイッ」。
「少しそのまま上げといてよォ……ハイ、ストン」。

内心「ヨシッ!」と思った。

また探ってみると、しこりが消え、圧痛もなくなった。
「もういたくないです」と不思議そうだ。
私だって不思議だ。

ちょっと話が横道に逸れますが、「不思議」という言葉の意味を知っていますか?
これは「思議すべからず」とかいう意味らしいです。
つまり考えたってわからない。
不思議なものは不思議でいいんですと。

そしてまた立って歩いてもらうと、う~んと、う~んと楽になったそうで、二つか三つ基本的な動きを覚えてもらい「あとは自分で、家ででも田んぼの中ででも、いつでもどこでもやってみて下さい」。
「でも、もう少しいろんなことを覚えた方がいいから、あと2~3回いらしてみて下さいネ」。
こんなんで終了。

サシミにされなくて良かったね、と目で合図すると、オヤジサンはコイノボリのようにオッポを振って帰って行った。

オダイジニー。

新・温古堂ものがたり